下剋上エクスタシー@高松市民会館(5/22)
ねぼけまちさんのライブレポート
椎名林檎が、四国の地を踏んだ。
しかも香川県高松市。
これはペリーの黒船来航、あるいはビル・ゲイツのコンシューマー事業参入、
放映20年にして黒柳徹子がドラえもんとの対話に成功、
いや、宇宙人とのコンタクトに相応しい出来事である。
朝7:50分。
上
<下剋上エクスタシー〉と書かれたコンテナ3台が、ゆっくりと
下
会場裏に集結し、今開こうとしている。
パカッ・・・開かれたソコからは、 男性の人体模型ー頭皮から睾丸に至るまでしっかりと再現されている。
鉄パイプーこれで観客を殴る・・・のではなく組んで台にするのだ。
数々の衣装ー椎名林檎はビジュアル系である、と改めて実感する。
診察室用家具一式ー中でも丸く大きな昆虫の複眼のような照明には唖然。
青いカーテンーこれが開かないことにはショーは始まらない
用具ケースの所々に巻かれたビニールテープには林檎の筆跡とも取れない字で、黒いマジックで太くこう書かれてある。
さしずめこのコンサートツアーの邦題、サブタイトルといったところか。
椎名林檎はこの高松でいったいどんなショウを魅せてくれると言うのか。
そして今回のストリップを通して彼女は何を勝ち取りたいのか。
昼11:40分。
セットの作業は難航。
舞台の所々から不安の声が漏れてくる。
「入り口つかえちゃってるよォ」
「ちょっとそれ、トラックの中に戻そうぜ〜」
「あれぇ?ふぅ、高さぎりぎりじゃん」
「何だよぉ、巻かなきゃ収まんないじゃない!」
いつもなら正午のサイレンがなる頃にはセッティングもほぼ完了、
あとはバイト君にあと片づけや掃除を頼んで、お茶でも飲んで
一息つきながら、届いたばかりの弁当をつついている頃なのに、だ。
会場の空気は男達の汗と共にどんよりと濁ってくる。
もうすぐ姫が到着される。
もし「すぐ演りたい」なんて言われたら
どうしよう。
こっちは心の準備どころか、受け入れる体制すら
出来ていない状態なのに。
だからといって入り口からすぐの、
あんなせまっ苦しい控え室に姫を軟禁させておくわけにも
いかないだろう?
急げ!ケガ人だけは出ないように、
可能な限り、早く、冷静に。
昼2:30分。
彼女がステージに立つ。立つ!
まずはバンドで音合わせ。そして、前戯が始まった。
彼女が時折吹く口笛だけでも観客をイかせるテクニックは
充分に備わっているだろう。
だが、忘れちゃいけない。
ピアノでも、ドラムでもギターでもなく、
彼女の奏でる最高の楽器は彼女自身の肉声であることを。
Ah~Uoo~hwoo~yeah~afoon~ ♪
あの日飛び出した〜此の街と君が〜正しかったのにねぇー〜−
福岡を飛び出し、単身上京していくときの決意の歌。
結局本番では唄うことの無かったこの♪を、
彼女は
納得がいかなかったらしく連続で奏で、自身の魂を
チューニングさせていき、徐々に椎名林檎へと近づ
こうとしていくのだった。
頑張れ。負けるな。
いてもたってもいられなくなり、会場へと入り込む。
ドアを開けて入った瞬間、彼女と目と目が合う。
《あなたは誰?》
[誰でもないですよ。気にしないで続けて下さい]
そんな暗黙の了解が交わされたのかどうかは
知らないけれど、
椎名は会場に響きわたる全ての
音や人や光の色や闇に感じながら、林檎を演じようとする準備を続けていたようだった。
「この♪サイレ〜ン とか ばくお〜んのところにですね・・・」
1曲演ったあともう1度気を配ってくれた。
これが2度目で最後の対面となるだろうし。それで充分。だった。
でもやっぱり見たい! 尻の穴が。
ぢゃなくって生の、大歓声に包まれて眠れる森から
目覚めた正真正銘の椎名林檎こそをかじって、味わってみたいのだ。
入場する際配られたチラシのセット類。
ファンクラブ@風雲ディストーションーの入会案内や性的ヒーリング弐の販促チラシなどどうでもいい。
ぎょう虫検査用のセロハンテープが封入されてる意味は何?
深読みすればいくらでも妄想は膨らむものだが。
使用法や診断書と書かれたアンケート用紙には、
笑えるが支離滅裂な事が書かれてあるし。
入場前からすでにこれだけのサービス精神を持って
みんなを迎えようとすることは罪では無いけど、
こういった一連のデモンストレーションが、マスコミに
担ぎ上げられる最大の要因でもあるというのに。
もっと普通にすればもっと多くの人の理解を得られるはずなのに。
それを罰として甘んじて受け止めるのも椎名林檎なのだが。
午後6:42。
♪好きな人や物が多過ぎて 見放されてしまいそうだ〜〜〜
青いカーテンが開かれ、椎名林檎のショウが始まる。
会場の外でそのはじまりを知る。
顔なんか見れなくたっていい。
看護婦ルックなんかに興味はない。 あるけど。
自分の関わった舞台からは極力目をそらし、殆ど目を閉じて
歌の本質である詩と♪に耳を澄ます。
身体を上下させて林檎姫と共に感じようとしている
ひとりひとりの観客に目を向ける。
みんなそれぞれの立場から
このショウを愉しみ、揺れ続け苦楽を共にしようとしているのか。
今回の新アルバムに詰め込まれた♪の数々は全て、ライブで、
生のショウにおいて最もそのパフォーマンスを発揮するといって良い。
著者は音楽の♪と詩との関係を、ゲームにおけるゲーム性と作家性
の関係に等しいと捉えていた節があった。
だが違った。
鑑賞する音楽とは別に、多くのシンガーソングライターが最重要視
するライブという空間では、
♪や詩よりも観客と一体になれるための
最も有効な方法論。
皆が拳を一斉にダーーーッツと突き上げる時の
一体感。立ちっぱなしで上下に揺れ続ける律動感。
リズム。
数年ぶりにコンサートに参加するようになったからこそ思い出すことの出来た賜物でもある。
前作にあったメロディラスな名作達が陰をひそめたかと失望したが、
ショウから帰って聴き直すことで、違った聴き方が出来るだろう。
ここでキスして〜歌舞伎町の女王〜幸福論という
3大楽曲を立て続けに披露したとき。
観客は最も盛り上がり、
最大の歓声が巻き起こった。
ショウのヤマ場である。
だが椎名林檎はそのヤマ場を何気なしに越えていこうとする。
なぜなら椎名林檎はもうそこには居たくないからだ。
観客が過去のナンバーのオンパレードに最高のエクスタシーを
感じてひと息ついていたとしても、彼女自身がまだイケて
ないからだ。
当の本人はまだ脱ぎ足りないのだから。
♪洗って 切って 水の中 呼吸器官は冒される
あたしが完全に乾くのいまきちんと見届けて〜〜
椎名林檎は青白いオーラを発しながら、スーパー椎名林檎へと
更にパワーアップした。
少なくとも彼女を凝視することの無い小生にはそう感じられた。
カッとシャカのように大きく目を見開かせ、彼女は自己顕示欲の権化へと。
椎名林檎は脳内麻薬を活性化させ、会場内の時を暴走させ始める。
♪あなぁ〜たぁ〜ぬのぉ〜 かみうぉ〜きーるわぁなきゃ〜〜
僕は背中越しに林檎の悲痛なまでのビートと雌叫びを聴いた。
それは後ろから鉄パイプでいつ殴られるんだろう、という恐怖の類だった。
「もうやめてほしい」それ以上自分をさらけ出すのは。
このまま4倍!!5倍!!!これでもか、と言うくらいに虚像化していく
林檎姫だけは見たくない。
もう寿命をこれ以上縮めて欲しくない。
泣きそうにもなった。
もういいのに充分なのに。
理性のタガが外れた、これが椎名林檎の本能なのか。
会場内でずっと立っていることが出来ない僕だからこそ感じた錯覚なのか。
いや、これも単なる俺の感じた感覚に過ぎないわけで。
♪明日くたばるかも知れない だから今すぐ振り絞る〜
オープニングに「月と負け犬」を謳い、4曲目には既に
本能を歌っては居る。
それともハナから林檎コールなぞ
彼女の耳には届いていなかったのだろうか。
アンコールを終えた彼女は汚く狭っ苦しい控え室で僅かばかりの瞬間を過ごし、
ワゴンに乗せられ足早に
ホテルへと向かっていった。
それにしても会場が古参の高松市民会館であったことは何故なのか。
香川県民ホールという近代的なしっかりした施設があるはずなのに。
ステージが圧倒的に狭いため、搬入搬出におけるセッティングは困難
を極めるし、
ステージを拡大した分観客席も1900から1800程度に
減ってしまう(400人の立ち見のキップをモギるのには苦労したが)。
会館を小高等学校や大学、オフィス街、中央公園、国道11号線等に囲まれ
都市的共同体とは決して呼べない地理的環境が用意されてたという事実こそが、
眠れる林檎姫を覚醒させるに必要十分たる条件だったのカモ知れない。
会場がフェリー乗り場が目の前にある、海に面した百道浜に似た
香川県民ホールだったなら、
彼女は最後の曲に丸の内サディスティック
をピックアップすることはなく、きっと正しい街を唄ったことでしょう。
「下剋上エクスタシー」5月22日高松市民会館公演/曲順
月に負け犬
警告
君ノ瞳ニ恋シテル
本能
<MC1>
虚言症
積木遊び
あおぞら(悦楽編)
ギブス
<MC2>
ギャンブル
やっつけ仕事
弁解ドビュッシー
ここでキスして
アイデンティティ
幸福論(先攻編〜メンバー紹介〜悦楽編)
<MC3>
罪と罰
歌舞伎町の女王
浴室
依存症
シドと白昼夢
病床パブリック
〜アンコール〜
同じ夜
丸の内サディスティック